妻の病状は、不思議と2年を周期として、階段を下りるように悪くなって行くみたいです。2月の寒い夜中「お父さん、オシッコ出ちゃう。トイレに連れて行って」と起こされました。
布団を剥いで抱き上げようとしたら、敷布が真っ赤に血に染まっていました。「何だ、こりゃ、お前メンスで汚してしまったのではないか」。さて、どうしたら良いものか戸惑った。風邪を引かせては厄介なので、布団をかけ直し、風呂を沸かしました。シャワーで体を洗い、湯につかわせ、その間に床を新しく敷き直し、また汚されると困るので、ビニールを敷いて寝かしつけました。
その後が大変でした。汚れた物をそのままにして置く訳には行かず、風呂場で手洗いで洗濯を始めましたが、そのうち目頭が熱くなり、涙がポロポロと落ちて来ました。心の中で「何で、何で、俺がこんな事をやらなければならないのか」と思い、情けない気持ちになりましたが、気持ちを取り直し、洗濯を済ませたら、もう外が少し明るくなって来ました。子供の食事と弁当を作り、炬燵で仮眠を取って体を休め、洗濯物を干し、何時ものように一日が始まりました。
数日後の夜の事でした。妻を早く寝かし、晩酌を済ませて床に着いた途端、急に妻がわいわい泣き出し「もういや。これ以上やって行けそうもない。自分では出来ないから、お父さん首を絞めて殺して。もう死んだ方がいい」と叫びました。突然とんでもない事を言い出したので、返す言葉を失いました。
「何を言っているのだ。お前の気持ちは分かるけど、世の中にはもっともっと苦しんで辛い思いをしている人が大勢いる。まだ身の周りの事が出来るのだし、皆が協力して思い遣ってくれるのだから、お前なんか幸せだよ。もっと気持ちを大きく持って、病気を克服する事だけを考えればいい」と励ましても、妻は「毎日毎日が辛い。薬が効いている時はいいけど、薬が切れると首が痛かったり、足が痛くて我慢が出来ない。皆に迷惑をかけるだけで、役立たずだし、皆に嫌われているだろうし、私なんか死んで、この世にいない方がいい」と泣きながら、精一杯自分の気持ちをさらけ出しました。
「いいかお前、二度と言わないからよく聞いとけ。お前を好きで好きで一緒になったのだから、お前を嫌いになる事は絶対ない。今も新婚当時の気持ちを持ち続けている。この気持ちは一生を変わらないから、お前は黙って俺に付いて来ればいい。最近口数が少なくなって来たから、何でも良いから俺に語り掛けろ。いいか、もう一度言うぞ。俺はお前が好きだ。黙って付いて来い」と言ったら、小さな声で「うん」と言って、私の胸にすがって、また泣き出しました。そのうち何時の間にか寝入っていました。
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