5_2.妻は小康状態だが目は離せない
 今まで2年周期で階段を下りるように必ず悪くなって来ました。今までの経験から言っても、もうそろそろ階段を下り始めるかと心配していましたが、小康状態を守り、そのジンクスを破ったような気がします。このままの状態でいてくれたら、何も言う事はありません。一時は寝たっきりになり床ずれなども出来、トイレ、食事、その他移動の時は抱きかかえて行きました。その時の事を思えば、今は余り手がかからず、精神的にも体力的にも非常に楽になりました。でも目を離せません。いくら調子が良いと言っても体力がありません。薬の効いている時は何とか歩けますが、薬が切れた時は一歩も歩けず、倒れてもそのままで身動き出来ません。

 「てるをさん、敬子さんが庭で倒れているよ」と隣の人が教えて下さった。「どうもすみません」と急いで庭に行って見ると、妻が物干し竿の下で倒れていました。朝起きた時、尿が漏れてしまい、パジャマから布団まで汚す事もしばしばありますので、迷惑を掛けてはと思ったのでしょう。自分で洗濯物を干しているうち、バランスを崩したのでしょう。これで何度目でしょうか。今年に入って、3、4回はあったでしょうか。幾ら調子が良いと言っても自力で立ち上がる事は出来ません。

 しかし、家の中では、私が掃除機を掛けていると、たまには廊下を拭くような事もあります。手に力がないため、ビジョビジョの雑巾で拭きますが、これも一つのリハビリだと思い、気ままに出来る事は何も言わずやらせるようにしていました。先日、白衣のボタンが取れてしまったので、脱ぎ捨てて置いたら、妻がボタンを付けていました。私が付ければ30秒とは掛からないでしょうが、黙って見ていました。5分ぐらい掛かったでしょうか。やっと一つ付きました。今までは無気力で、何もやる気がない(ちょっと大げさですが)ようでしたが、自分が進んで何かをやろうとする気持ちが出て来た事は、気持ちの上でも余裕が出来たのではないでしょうか。

 毎週水曜日、子供は親戚のスナックの手伝い、私は総合体育館に柔道の指導に、家には妻一人。7時半に食事を作ってやり、「食事が済んでも、そのままにしとけ。絶対そこから動くなよ。帰ってから片付けるから」と言い残し道場に行ったが、何か心に残る物があり、稽古に気が入らず、早めに帰って来たら廊下で妻が倒れていました。

 「何でそんなところで寝ているのだ。向こうに布団が敷いてあるだろう」「手が痛い。起こして下さい。手が痛い」「そんな事知るか。寝たいのだから、そこでゆっくり寝ていれば良いだろう」。ヨダレを垂らし、ウーウー言っています。「何度言ったら分かるのだ。俺のいない時は動くなと言ったろ」「ごめんなさい。気持ちが良かったので、洗い物してここまで来たら倒れたの」。少し可哀相になったので、私も汗をかいていましたので、一緒に風呂に入りました。

 今日は大きな柔道の大会で、副会長(5段)という立場なので、よほどの事がない限り休む訳に行きません。子供も出掛けてしまいますので、今日も一日一人でいなければなりません。朝食を食べさせ急いで片付け、「これはお昼のご飯。食べたら片づけなくても良いから、そのままにしとけ。夕方まで帰って来ない。助ける者がいないから気を付けろよ」「ハイ行ってらっしゃい」。大会も午前の部が終わり、昼食に入ったが、ちょっと気になるので家へ帰る。妻はテレビを見ていました。「お昼は食べたのか」「まだ、これから食べようと思っていたところ」「じゃ俺もここで食べていくわ」。一緒に食事をしていると「三度、三度ご飯を作って貰って、お父さんがいなかったら私、餓死しちゃうね」「そうだよ。有り難いと思ったら、言う事を良く聞いて、俺のいない時は余り動くなよ」と言い残し、今日は調子が良さそうなので安心して会場に急いで戻りました。