読み | いちぶり |
所在地 | 糸魚川市大字市振 |
開業年 | 1912年(大正元年) |
駅について | 2015年(平成27年)に北陸新幹線の長野-金沢間開業によって並行在来線が経営分離され、JR西日本から 『えちごトキめき鉄道』に移管された新潟県内の最西端の駅。また富山県内区間を運行する『あいの風とやま鉄道』との営業上の境界駅。 駅舎は開業4年前の1908年(明治41年)に建てられた木造平屋建て。 |
隣接駅 | 親不知(8.6km) あいの風とやま鉄道:越中宮崎(4.7km) |
市振駅入口 | 市振駅ホーム(越中宮崎方面) |
市振駅構内のランプ小屋 |
読み | おやしらず |
所在地 | 糸魚川市大字歌 |
開業年 | 1912年(大正元年) |
駅について | 市振駅の附近から青海駅の近くまで続く親不知のほぼ中間に位置する駅。駅から海の方向を望むと海面を見ることができるが、海岸線附近から海沿いに掛けて北陸自動車道と国道8号の高架が並行して走っているため異様な光景。橋脚を海の中に建設したため海流が変わり砂浜は浸食が激しく、かつて駅から望めた美しい砂浜や岩肌は消失し非常に寂しい景観となった。 |
隣接駅 |
親不知ホーム (右手が北陸自動車道と国道8号線) |
親不知
親不知駅がある歌(うた)の集落を中心に、西の市振(いちぶり)地区までが親不知、
東の勝山(かつやま)地区までが子不知(こしらず)と呼ばれており、併せて
『親不知子不知』とも呼ばれる。越後国と越中国の間を往来する旅人は、この
断崖を海岸線に沿って進まねばならず、古くから北陸道(越路)最大の難所とされた。
「親不知」の名称の由来は幾つの説があり、一説では、断崖と波が険しいため、
親は子を、子は親を省みることができない程に険しい道であることから、とされて
いる。
読み | おうみ |
所在地 | 糸魚川市大字青海 |
開業年 | 1912年(大正元年) |
駅について | 江戸時代から石灰石鉱山があり、この場所への駅位置が決まった。大正時代に大手化学工業会社が進出し、旧青海町が発展した。トラック輸送中心になるまでは、この駅の貨物輸送量は国内でもトップクラスだったため、構内には貨物列車のための待避線や側線がいまだに残っている。 |
隣接駅 |
貨物列車のための待避線や側線 | 青海駅構内 |
読み | いといがわ |
所在地 | 糸魚川市大町 |
開業年 | 1912年(大正元年) |
駅について | 北陸新幹線開業前の2013年(平成25年)12月に橋上駅舎が完成。従来の出入口(北口)は「日本海口」と命名された。日本海口の駅舎はえちごトキめき鉄道とJR西日本の共同使用駅で、えちごトキめき鉄道が直営駅として駅業務を行っている(大糸線の駅業務はJJR西日本から同社が受託している)。日本海口側は糸魚川市の中心市街地(2016年12月大火となった地域)であり、雁木や町屋をイメージした駅舎になっている。 |
隣接駅 |
糸魚川駅アルプス口 |
フォッサマグナミュージアム:糸魚川駅から車で約10分
糸魚川を代表する美しい鉱物「ヒスイ」や日本列島が誕生した際の大地の裂け目
「フォッサマグナ」などをポイントに、地質の時代経過に沿って地球が育んできた
自然環境や資源の恵み、また、その一方で人々の暮らしに脅威となる地震や火山、
地すべりなどの自然災害について学ぶことができる。
糸魚川ブラック焼きそば
イカ墨を使った黒い麺が視覚と味覚に衝撃を与えるイカしたB級グルメ。
糸魚川市内約20店舗で食べることができる。イカ墨と新潟県産のイカ以外の具材
や味付けは各店のオリジナル。
なお、近隣の妙高市の「妙高赤倉温泉レッド焼きそば」、上越市の「謙信公
義の塩ホワイト焼きそば」とともに、2012年に「上越三色同麺」とも言われている。
読み | かじやしき |
所在地 | 糸魚川市大字田伏 |
開業年 | 1912年(大正元年) |
駅について | 駅舎は開業時のままの木造平屋建。かつて北陸道の宿場町で廻船問屋や網元もあったことから駅周辺には比較的大きな集落がある。1キロルほど糸魚川方向へ行ったところにデッドセクションがあり、そこを境に糸魚川寄りが交流区間・直江津寄りが直流区間となっている。 |
隣接駅 |
梶屋敷駅ホーム | 梶屋敷駅構内の手動式の転てつ機 |
読み | うらもと |
所在地 | 糸魚川市大字間脇 |
開業年 | 1950年(昭和25年) |
駅について | 築堤の上にホームはあり、その下にある駅舎から階段で下りホームに出る。上りホームへは、改札を入って左手に小さな道があり、線路の下を通って出る。 |
隣接駅 |
駅舎からホームへ上がる階段 | 浦本駅ホーム(能生方面 左手が日本海) |
久比岐(くびき)自転車歩行者道:浦本駅から徒歩で約1分
正式名称は「新潟県道542号上越糸魚川自転車道線」。ほぼ全線が1969年に旧国鉄
北陸本線を複線電化した際に廃止された谷浜駅 - 浦本駅間の旧線を自転車・
歩行者道として転用したもの。糸魚川市中宿(梶屋敷駅から徒歩で約10分)から
上越市虫生岩戸までの全長約32km。海岸と国道8号に沿って走っており、鉄道線の
転用ということもあり比較的起伏が少なく、日本海と佐渡島、能登半島を望むこと
ができる風光明媚な自転車道。
読み | のう |
所在地 | 糸魚川市大字能生 |
開業年 | 1912年(大正元年) |
駅について | 筒石方はすぐに頸城トンネル、浦本方は木浦トンネルがあるため、駅のホームは駅舎や駅の外部から見ると高い場所に位置しており、駅舎からホームへは駅の直江津方にある地下通路を通った後階段を上らなければならない。 |
隣接駅 |
能生駅前から筒石方面 |
読み | つついし |
所在地 | 糸魚川市大字仙納 |
開業年 | 1912年(大正元年) |
駅について | 全長11,353mの頸城(くびき)トンネルの中にホームがある。駅舎は地上にあり、駅舎の改札口からホームまでは階段で降りて行く(エスカレーターもエレベーターもない)。下りホームまでは290段176m、同じく上りホームまでは280段212m。高低差は40m。 |
隣接駅 |
駅舎入口にあるホームの案内板 | 北陸自動車道の高架の向こうに筒石駅がある |
読み | なだち |
所在地 | 上越市名立区名立大町 |
開業年 | 1911年(明治44年) |
駅について | 1911年(明治44年)信越線の支線として直江津駅-名立駅間が開業した際に設置された駅なので、1年半後の糸魚川延伸までは終着駅だった。1969年(昭和44年)の北陸本線の複線電化に伴い、有間川方の名立トンネルと筒石方の頸城トンネルに挟まれた400mの現在地に移転した。2008年(平成20年)まで、硬券の入場券があり「名を立てる」ということで、新入社員のお守りとしてかなりの枚数が販売された。 |
隣接駅 |
名立駅ホーム(有間川方面 名立トンネル) | 名立駅ホーム(筒石方面 頸城トンネル) |
うみてらす名立:名立駅より徒歩で約10分
「食べる・くつろぐ・遊ぶ」がテーマの「道の駅」。大浴場、レストラン、
鮮魚売場、ホテルなどがあり、目の前に迫る日本海の眺めと、おいしい海の幸を
満喫しながら、家族みんなで楽しく過ごせる施設。
読み | ありまがわ |
所在地 | 上越市大字有間川 |
開業年 | 1947年(昭和22年) |
駅について | 開業当時の木造平屋建て駅舎はあるが、直江津方面、富山方面ともにホームから直接出入りできる出入口があるため、駅舎として機能していないようだ。ホームから日本海を望むことができ、JTB時刻表に表紙に使われたこともある。 |
隣接駅 |
名立駅ホーム(有間川方面 名立トンネル) | 名立駅ホーム(筒石方面 頸城トンネル) |
読み | たにはま |
所在地 | 上越市大字長浜 |
開業年 | 1911年(明治44年) |
駅について | 駅舎は開業当時の木造平屋建て。駅北側は海水浴場のため、夏は海水浴客で賑わう。北側には出入口はないが、駅舎を出て東側約70mの所に、線路と国道8号を跨ぐ歩道橋があり、海岸へ出ることができる。 |
隣接駅 |
谷浜駅ホーム(有間川方面) | 谷浜駅ホーム(直江津方面) |
たにはま海水浴場:谷浜駅より徒歩で約3分(1分というガイドも)
長い海岸線、水質の良い海として、日本海側でも有名な海水浴場。晴れた日には、
佐渡ヶ島、米山までが望める。天気がよければ、日本海に沈む夕日の雄大な景色も
楽しめる。海の家も多数あり(2016年現在8軒)
読み | なおえつ |
所在地 | 上越市東町 |
開業年 | 1886年(明治19年) |
駅について | 1886年(明治19年)信越本線関山駅~直江津駅間の開通と同時に開業した上越市の海側の直江津地区(旧直江津市)の中心駅。北陸本線と信越本線の拠点駅として長年機能していたため、構内には多くの側線がある。 |
隣接駅 | ひすいライン:谷浜(6.6km) はねうまライン:春日山(2.8km) 信越本線:黒井(2.7km) |
直江津駅構内(黒井方面) | 直江津駅構内(谷浜・春日山方面) |
新潟県鉄道発祥の地と開通120周年のプレートが 自由通路にある。 |
読み | かすがやま |
所在地 | 上越市春日山町 |
開業年 | 1928年(昭和3年) |
駅について | 1971年(昭和46年)に誕生した上越市の高田地区(旧高田市)と直江津地区(旧直江津市)双方の中心市街地のほぼ中間点に位置することから、駅裏手に上越市役所が置かれた。市街地を挟んだ西側には上杉謙信の居城であった春日山城跡などがある春日山がそびえる。 |
隣接駅 |
春日山駅付近から見た春日山 | 春日山にある上杉謙信像 |
謙信像の奥にある本丸跡 |
春日山城跡:春日山駅から車で約10分、徒歩で約40分
戦国武将上杉謙信が居城としていた天下の名城・春日山城。標高180mの山の地形
を生かした天然の要害には、今なお土塁や空堀などの遺構が数多く残っている。
当時に思いを馳せながら、城跡に点在する遺構を巡ることで、壮大な戦国ロマン
を体感することができる。
毎年8月に行われる「謙信公祭(けんしんこうさい)」は、大正15年から行われて
いるまつり。鎧兜に身を包み、槍刀を持った武者たちが勇壮な「出陣行列」を行い、
街道の要所であがる鬨(とき)の声が会場に響き渡る。こども武者行列や米沢藩
砲術隊なども通り、見どころが満載です。また、上杉・武田両軍が駆け回り、戦況
がまるで映画のストーリーのように進む「川中島合戦の再現」は臨場感たっぷりで
迫力満点。
読み | たかだ |
所在地 | 上越市仲町 |
開業年 | 1886年(明治19年) |
駅について | 江戸時代に高田藩の城下町として栄えた上越市高田地区(旧高田市)の駅。市役所は隣の春日山駅にあるが、商店街をはじめ国や県の出先機関、高校などがあり、上越市の中心駅に位置付けられている。当駅前広場内の歩行者道は、「高田駅前雁木建設事業」により整備された雁木型アーケードで覆われている。既存の駅舎をそのまま活用する形で整備されたアーケードは「城下町」をテーマにデザインされた駅正面部には東京駅丸の内駅舎のイメージもデザインに取り入れられており、支柱部などに赤レンガ風のタイルが使用されている。 |
隣接駅 |
高田駅ホーム(南高田方面) |
読み | みなみたかだ |
所在地 | 上越市南高田町 |
開業年 | 1961年(昭和36年) |
駅について | 急速な住宅地造成と高校の移転等で、住民の要望により1961年(昭和36年)に開業した。現在では周辺に県立4校、私立1校があり、駅前には通学生の自転車が整然と並べられている。 |
隣接駅 |
南高田駅ホーム(上越妙高方面) |
金谷山:南高田駅から車で約10分(路線バスあり)
1911年(明治44年)にオーストリアのレルヒ少佐が、この地で日本初となるスキー
講習を行ったことから、「日本スキーの発祥地」として知られている。
スキーシーズン以外でもスーパーボブスレーやBMXなど一年中楽しめる。
読み | じょうえつみょうこう |
所在地 | 上越市大和五丁目 |
開業年 | 2015年(平成27年) |
駅について | 北陸新幹線長野~金沢間開業を機に1918年(大正7年)に開業した信越本線「脇野田駅」の西側120mの位置に建設され、新幹線開業半年前の2014年(平成26年)10月に脇野田駅として営業開始。2015年(平成27年)3月の新幹線開業とともに、駅名を上越妙高駅に改称するとともに、信越本線が並行在来線としてJR東日本からえちごトキめき鉄道へ移管。西口を在来線駅舎として、えちごトキめき鉄道が管理、東口を新幹線駅舎としてJR東日本が管理している。 |
隣接駅 |
上越妙高駅東口 | 上越妙高駅在来線ホーム (左が特急しらゆき、右上に新幹線ホーム) |
読み | きたあらい |
所在地 | 妙高市柳井田町 |
開業年 | 1955年(昭和30年) |
駅について | 宅地が進んではいるが、「妙高はねうまライン」の名称の由来である妙高山の雪形「跳ね馬」が一番よく見える駅。駅の反対側の県道(旧国道18号線)沿いに大手電子部品メーカーの工場が1976年(昭和51年)に進出した以降、郊外店(ロードサイド型店舗)がいくつか出店している。 |
隣接駅 |
近くの踏切から北新井駅ホーム(新井方面) |
読み | あらい |
所在地 | 妙高市栄町 |
開業年 | 1886年(明治19年) |
駅について | 1886年(明治19年)直江津~関山間開通時に直江津・高田・関山と同時に開業した歴史ある駅。駅周辺は妙高市新井地区(旧新井市)の中心地であり、駅正面側は商店街や市役所がある。駅の北側には大手化学品メーカー「ダイセル」新井工場があり、2008年(平成20年)まで専用の貨物列車が設定されていた。 |
隣接駅 |
道の駅あらい:新井駅から車で約10分
新潟県内で一番大きい道の駅?上信越自動車道の新井PA、国道18号の両方から
利用できる。レストランを中心に土産店・鮮魚センターなど13店の他に、
コンビニ、ビジネスホテル、コインランドリーもある。
2015年(平成27年)全国35箇所の重点「道の駅」にも選ばれた。
読み | にほんぎ |
所在地 | 上越市中郷区板橋 |
開業年 | 1911年(明治44年) |
駅について | 新潟県内の鉄道駅として唯一スイッチバック式のホームが残る駅。付近に急勾配があるため、開業時にスイッチバックが採用された。列車の電車化などでその必要性はなくなったなったものの、構内に化学メーカー日本曹達への専用線が設けられている関係から、現在に至るまでその構造が維持されている。そのため信越本線時代の特急列車はこの駅のホームには入らず本線を通過していた。なお、えちごトキめき鉄道のリゾート列車「雪月花」は一部を除き、この駅に停車する。また、2015年に改装された待合室には、二本木駅周辺の鉄道ジオラマ模型が設置されている。 |
隣接駅 |
二本木駅ホーム端 (スイッチバックのため、これから手前には列車は来ない) |
妙高サンシャインランド:二本木駅から車で約10分。駅前にタクシーはいない。
妙高山が背景に広がる遊園地。大観覧車をはじめ、スカイジェットや、バイキング、
アドベンチャーサファリなどアトラクションは多彩で、大人も子どもも楽しめる
レジャーランド。冬期間休業。
読み | せきやま |
所在地 | 妙高市大字関山 |
開業年 | 1886年(明治19年) |
駅について | 1985年(昭和60年)に現在地に移転するまではスイッチバック方式の駅だった。妙高山麓の関温泉・燕温泉への最寄り駅のため、列車到着時にはタクシーが待機? |
隣接駅 |
関山駅ホーム |
関温泉・燕温泉:関山駅から関温泉まで車で約15分、燕温泉まで来るまで約25分
弘法大師が開いたといわれる「関温泉」。戦国時代は「関山の湯」という名前
で上杉謙信の隠し湯とも言われている。妙高山周辺では最も高所にある温泉で、
標高約1100mの斜面に5軒の旅館と2軒の土産物屋が並んでいる「燕温泉」。温泉街の
奥に無料で入浴可能な露天風呂が2つある。周辺には、ゴルフ場やさまざまな体験が
できる宿泊を備えた施設、ファミリー向けと上級者向けのスキー場などがある。
読み | みょうこうこうげん |
所在地 | 妙高市大字田口 |
開業年 | 1888年(明治21年) |
駅について | 開業時の駅名は田口駅。1969年に 妙高高原駅に改称。2015年北陸新幹線開業に伴い、信越本線から並行在来線に分離され、長野県側がしなの鉄道、新潟県側がえちごトキめき鉄道へ移管。両社の境界駅。 |
隣接駅 | 下り側:関山(6.4km) 上り側:しなの鉄道北しなの線 黒姫(8.4km) |
妙高高原駅ホーム |
赤倉温泉:妙高高原駅から赤倉温泉入口まで車で約10分
江戸時代には、運営を高田藩が担当する、日本唯一の藩営温泉。明治以降はスキー
リゾートとして本格的に開発された。日本でも有数の規模を誇る赤倉温泉スキー場
を抱える。民宿や山荘などのリーズナブルな宿から、老舗旅館や高級リゾートホテル
といった、幅広い宿泊施設を有する。
立ち寄り施設としては、滝の湯という露天風呂がある。足湯に入れる足湯公園もある。